心臓血管外科

当科を受診されるほとんどの患者さんは、他の病院やクリニック、あるいは中頭病院の循環器内科や他の診療科からの紹介で来られます。そのような患者さんやご家族の皆様への前知識として活用していただけたら幸いです。

1. 全般

心臓血管外科ってどんな病気を診療している科なのですか?

文字通り心臓や血管の病気です。主な病名は狭心症、心筋梗塞、心臓弁膜症、大動脈瘤、大動脈解離、心臓腫瘍などです。私たちはすべての心臓血管の疾患に対応しています。

病気の詳細は最もわかりやすいNHK健康チャンネルを参照してください。

どのような治療をしているのですか?

私たちの役割は上記のような病気に対して必要な手術を行うことです。手術が適してなければ内科の先生に内科的治療をお願いするか、あるいは定期的に病状の変化を観察します。それぞれの手術については下の項目を参考にしてください。仮に私たちが行っていない専門的治療を要する場合でも、速やかに適切な病院へ紹介する対応が可能です。

そのような手術は体のどこを切るのでしょうか?

病気や術式によって異なりますが、現在でも胸の正中を縦に切る方法が多いです。また左の胸部を斜めに切る、右の胸部を斜めに切る、あるいは腹部を切る手術もあります。後述しますが、大動脈瘤に対するステントグラフト治療では両方、または片方の足の付け根を小切開します。

動いている心臓をどのように手術するのですか?

心臓の中を修復する、あるいは心臓に近い大動脈の手術を行うためには心臓を一旦止めなければなりません。そのためには心臓に戻ってくる体の血液を管を通して体外に導き、人工心肺という機械を通して再び心臓の出口や動脈に管を通して送り出す、という方法で「心臓が止まってもよい状態」を作り手術を行います。さらに心臓を保護する液を注入し、人工的に心臓が停止している状態で手術を行います。これらの方法は過去30~40年で飛躍的に進歩しましたが、いまだ細心の注意を払って行っています。

心臓の手術と聞くと、とても大がかりで大変そうです。
いったい何歳ぐらいまで手術が受けられるのでしょうか?

私たちの科では91歳で人工弁置換術を受け、現在 (令和5年4月) 95歳で元気に外来に通われている患者さんもいます。それは比較的稀なケースですが、年齢だけでは判断できないという一例です。同じ年齢でも個人差があり、病気の重症度も様々です。また術式にも様々な方法があり、一概に何歳まで可能だと言うことはできません。したがって個々の患者さんにとって何がベストなのか、必要な情報を共有しながら本人ご家族とともに考えていきます。場合によったら手術をしないという選択肢もあり得るわけです。

コロナがとても怖いです。安心して手術を受けられるのでしょうか?

中頭病院では2020年のパンデミック以来、積極的に新型コロナウイルス罹患患者に対する治療を行ってきました。一時期は病床がひっ迫することもありましたが、その後ワクチンの開発とその広範な流布、また様々な対応策の積み重ねを経て、手術患者さんの不利益を最小限に抑えるに至りました。現時点 (2023年4月) では、術前のPCR検査の徹底と病棟の感染症対策により安心して手術を受けられる状況になっています。
また面会に関してですが、私たちの行う大きな手術の前後は医師の許可で可能です (場所や時間、人数制限はあります)。

中頭病院での実績はどれぐらいでしょうか?また執刀する先生の経験はどのぐらいですか?

中頭病院では2006年10月に心臓血管外科が開設され、これまでに1,200件以上の心臓大血管の手術を継続して行っています。過去12年間の手術件数を示しておきます。

年次手術件数
年次手術件数

また2007年4月から経験豊富な同一部長のもとで質を重視した治療が実施されています。

循環器内科の先生に心臓の手術が必要だと説明され、手術を受ける決心をしました。
手術までの流れはどうなっていますか?何か注意点はありますか?

まず、私たち心臓血管外科の責任者がお話しをします。入院していれば病棟で話すこともあり、また急ぎの手術でなければ外来でお話しをします。次に、手術するにあたって心臓以外の全身のチェックをするために、もう一度外来にいらしていただきます。そこで呼吸機能検査、全身のCT検査、手足や首の血管の検査、血液検査などを行い、手術を行うに際して注意する点を探り、さらに細かい手術の方法もそれらによって左右されることがあります。また、心臓と歯の状態は密接な関係があり、例えば虫歯があると心臓に細菌が入りやすくなります。故に歯や歯茎のチェックを歯科衛生士が行います。多くはその時点で患者さんと協議し手術の日程を決めます。最後に手術の際に麻酔をかけていただく麻酔科の先生と面談していただきます。
原則、手術の2日前に入院していただきます。糖尿病がある方で血糖が高い方はもう少し早く入院してインスリン治療を行う場合もあります。
禁煙禁酒はもちろんですが、それまで内服している飲み薬のなかに止めていただく薬がある場合もあり、その時は担当医の指示に従ってください。

入院期間はどのくらいでしょうか?また退院後の注意点はありますか?

患者さんの病態や術式によります。予定された通常の手術であれば術後2週間が概ねの目安です。もちろん経過によります。
多くの患者さんは胸の真ん中を切る(胸骨という骨を切る)方法で手術を行います。その場合、手術後に体動や咳で痛むことがあります。その程度には個人差があるますが時間とともに軽快します。私たちの科ではその痛みを軽減するために「ハートガー」という装具をつけてもらっています。退院後はリハビリが大切になります。入院中から理学療法士がリハビリを進めますが、退院後も自発的にリハビリを行ってください。その際に創部が痛むようであれば適宜処方された痛み止めを飲み、またハートガーを活用してください。

ハートガー
ハートガー

2. 冠動脈バイパス手術 (CABG) について

「カテーテル」治療とどう違うのでしょうか?どのような場合に手術になるのでしょうか?

いわゆるカテーテル治療とは、循環器内科の先生が行う治療法です。局所麻酔で手や足の血管に細い管を刺して、心臓の冠動脈まで通し、狭い部位や詰まった血管を風船で膨らませる、あるいは冠動脈ステントと呼ばれる血管を広げる金属を留置する治療方法です。多くの心筋梗塞はこの方法が有効で、狭心症も薬物療法の次にこの方法が選択されます。局所麻酔でどこも切らずに行えるため、この方法が有効であればそれに越したことはありません。
ただし、この方法が難しい例もあり、過去の膨大な統計データから、ある一定以上難しい場合は冠動脈バイパス手術の方が予後が良い (症状なく長生きする) ということがわかってきました。それ以外にも患者さんの年齢や全身状態を含めて判断されますが、そのように循環器内科の先生との厳密な検討の末、私たちの出番となるわけです。

心臓を止めないで冠動脈バイパス手術ができると聞いたのですが?

はい、できます。冠動脈というのは心臓の表面を走行している血管なので、心臓を切ったり中を見たりする必要はありません。したがって人工心肺という装置を使用せずに、動いたままで手術を行うことが可能です。ただし逆にその方法が危険を招いたり、手術の達成度に影響するケースもあり、そのような場合は心臓を止めて行います。

3. 弁膜症手術について

82歳になる祖母が内科の先生から心臓弁膜症の手術を勧められました。高齢者でも大丈夫でしょうか?何歳まで手術を受けてもよいのでしょうか?

一口に心臓弁膜症といってもさまざまな病態があります。心臓の弁はいくつかありますがその中で手術の対象となるのは (成人の場合) 、大動脈弁、僧帽弁、三尖弁です。そのうちのひとつが悪いのか複数か、また弁の狭窄なのか閉鎖不全 (逆流) なのか、その程度はどのくらいなのか。さらに弁膜症によって心臓がどの程度悪くなっているのか、なども重要な判断材料です。また82歳といっても弁膜症が悪くなる前はどの程度元気であったか、他に持病はあるのか、認知機能はどうか。これらさまざまな因子を慎重に検討し判断していきます。あえてひとことで言うなら、手術そのもののリスクより手術を受けた方が症状が軽減して長生きする可能性が高いと判断され、そして何よりもおばあちゃん自身がそれを希望する場合は私たちの出番です。

人工弁の手術を受けました。この弁は将来取り替えないといけないのでしょうか?また体に入ってから日常生活に支障があるのでしょうか?

人工弁には機械弁と生体弁があります。前者はすべて人工物 (主にカーボンと人口繊維) で作られたものです。後者はウシの心膜を加工して作られたものと、ブタの大動脈弁を加工して作られたものがあります (近年はウシ型が主流)。
詳しくは以下のサイトを参考にしてください。

いずれにせよ私たちの基本方針として、二回目の手術は基本的には想定しない選択、手術をするようにしています。
日常生活の制限は、ワーファリン内服中の食材に若干の注意が必要だということのみです。

ワーファリンはビタミンKによってその効果が減弱します。よってビタミンKを多く含む食材には注意が必要です。単位グラムあたりのビタミンKの量が最も多いとされる納豆、クロレラは原則禁止されます。その他の食材は基本的に摂取可能です。納豆、クロレラも、定期的に同じ量を摂取するのであれば、(その分ワーファリンを多めに出せばよいわけで) 絶対にダメというわけではありません。現実的にはそのような奇特な患者や医師は稀有なため、原則禁止しているわけです。

以下にビタミンK含有量の多い食材を列挙しておきます。いずれも連日大量に摂取しなければあまり問題になりません。

かなり多い
納豆、クロレラ
多い
パセリ、シソ、アシタバ、ほうれん草 (葉身) 、生ワカメ、アマノリ、チリメンキャベツ など
やや多い
クレソン、トウミョウ、ミツバ、シュンギク、カブ (葉) 、ヒジキ、乾燥ワカメ、メキャベツ、コマツナ、ニラ、ブロッコリー、ネギ (緑色部) など

4. 大動脈瘤の手術について

70代の男性です。健康診断のエコー検査で異常を指摘され、CT検査の結果「腹部大動脈瘤」と言われ手術を勧められました。全く症状もなく元気なのですが手術 (治療) が必要なのでしょうか?

大動脈瘤というのは大動脈が「瘤=こぶ」のように膨らんだ病気です。それ自体では症状がないのが特徴で、それがやっかいな病気です。唯一、胸部の「弓部」という場所の動脈瘤は大きくなると声帯を司る神経を圧迫して声がかすれる (嗄声といいます) ことがあります。それ以外は破裂の前兆や破裂が起こらない限り胸部でも腹部でも症状はありません。破裂の可能性は単純に動脈瘤の大きさによります。大きければ大きいほど破裂の危険性は増します。したがって手術を勧められたということは、ある一定の大きさを超えたということかと思われます。また、ある時点の大きさだけでなく、経過で拡大速度が速いもの、形状が悪いもの (嚢状瘤など) は単純に大きさだけでは判断できません。現在症状がないということですが、一旦破裂をきたすと高い確率で死に至るため無症状でも大きな動脈瘤は手術を行い、未然に破裂を予防するわけです。

5. 緊急手術について

緊急で手術が必要な病気はどのようなものがありますか?

急性大動脈解離 (A型) がその代表格です。

また解離ではなく通常の大動脈瘤破裂も緊急手術の対象です。これらの病気は、直ちに、あるいは24時間以内に手術を行わないと命の危険がある病気です。
また比較的稀ですが、心筋梗塞後の合併症として心破裂や心室中隔穿孔といった病態もあります。また感染性心内膜炎も緊急で手術を行う場合があります。そういった緊急手術は通常の予定された手術に比べリスクが大変高くなります。
急性大動脈解離でもB型と分類されるものは基本的には内科的管理になります。ただし厳格な血圧管理と安静を要し、何か合併症状が起これば何らかの外科的治療が必要なこともあり、基本的には私たち心臓血管外科が管理します。

6. 低侵襲手術について (体への負担が少ない、傷が小さい手術)

70代男性です。胸部大動脈瘤と診断され、手術が必要だと専門医に言われました。大きく胸を切る手術には抵抗があります。カテーテルの治療があると聞いたのですが可能でしょうか?

カテーテル治療というのは正確ではありません。ステントグラフトと呼ばれる治療のことかと思います。その治療が可能かどうかは主に動脈瘤の部位によります。ステントグラフトが可能であれば胸部や腹部を切開する手術に比べ極めて低侵襲な (体への負担が少ない) 方法になります。ただしそれが不可能、あるいは困難なケースも多く、その場合は胸部や腹部を切開する方法が選択されます。たとえそうなったとしても私たちは可能な限り侵襲を抑えた術式を検討します。

下行大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術
下行大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術
60代男性です。心不全で入院し、大動脈弁狭窄症と診断されました。循環器内科の先生に手術を勧められました。ネットで調べたら足の付け根の血管からカテーテルによる弁の治療ができるということを知りました。可能でしょうか?

経カテーテル大動脈弁置換術 (TAVI, TAVR) のことかと思います。その治療は現時点 (令和5年4月) 当科では対応していませんので、必要であれば琉球大学に速やかに紹介します。ただし、60代であれば特別な事情がない限り、通常の胸を切る開胸手術が安全に行えます。特別な事情というのは、1.過去に冠動脈バイパス手術など別の心臓手術を開胸で行っており、2回目以上の再手術になる。2.COPDという肺の慢性疾患を患っており、その重症度も高い。3.肝硬変があり重症度は中等度以上である。4.その他重篤な持病をかかえている。などが挙げられます。
では80代ではどうかと問われたら (「全般的な内容」の項を参照ください) 、前述のような特別な事情がなく、手術からの回復後は自立した生活が可能と推定される80代前半の患者さんでしたら開胸手術でも比較的安全に行えます。もちろん状況を理解したうえでの希望があれば速やかに紹介します。

50代の女性です。僧帽弁逸脱による閉鎖不全症と診断され、循環器内科の先生から手術を勧められました。子供たちがネットで調べたところ右胸の小さな傷で手術ができるという話を聞きましたが可能でしょうか?

いわゆるMICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery 低侵襲心臓手術)の中の右胸を小さく切る方法かと思います。この方法は現在のところ (令和5年4月) 当科では対応していませんので希望があれば適切な病院を紹介します。ただし、この術式は上記二つの術式 (ステントグラフト、およびTAVI治療) と大きく異なる側面を持ちます。まずこの手術は「美容」が第一の目的であり、またそれに付随するメリットとして術後疼痛の軽減と入院期間の短縮が挙げられます。ただし手術侵襲 (身体へのダメージ) は胸骨を切る手術とそこまで大きく変わりません。何故なら人工心肺も使用し、心臓も止めて手術をするからです。一方で右胸の小さな傷から手術を行うというのはそれなりの経験と技術を要します。僧帽弁閉鎖不全症に対する私たちの第一目標は僧帽弁逆流の制御 (ほぼゼロを目指すこと) であり、それが疎かになるとこの手術の意味が失われてしまいます。端的に言えば執刀する心臓外科医とそのチームの技量にかかっているということです。
また美容という面では右胸の小さな傷には劣りますが胸の正中の傷でも小さくすることは可能で当科でも行われています。
以上を理解した上で希望されるのであれば適切な施設を紹介します。

Minimally Invasive Cardiac Surgery
MICS:Minimally Invasive Cardiac Surgery